得手
ムーラン(林)です。
実家の90歳母の話である。
一人暮らしをする母は、毎朝、父と妹の仏壇に2人が大好きだったコーヒーを供えている。
ちゃんと2人が愛用していたコーヒーカップに、インスタントではなくてドリップしたコーヒーを。
その事は、もちろん私も知っていたのだが。
コーヒーを入れたカップにはそれぞれラップが掛けてある。あとで母が飲むため、「埃が入らないようにしてあるんだな」とあまり深く考えず、そう思っていた。
が、よーく見ると、どちらもラップがシワシワだし、少し掛かってない部分もあり、なんだか雑だしテキトウだな、と感じていた。
母は「朝イチでコーヒー淹れなくちゃいけないし、仏壇にご飯やらお水やらと毎朝すごく忙しい」といつもボヤいているので、慌てて雑になってしまうんだ。と、ずっと私は一人で納得していた。
ところが最近、そうではない事が分かった。
先日実家に行った時、仏壇前からコーヒーを下げながら母が放った一言。
「あっ、得手を間違えた」と。
そう、母はコーヒー好きの父と妹がちゃんとコーヒーを飲めるために、ラップの隅をワザと開けていたのだ。しかも、それぞれカップを持つ手に合わせて。
父も妹も右利きではあったが、カップを持つ手は同じではなかったらしい。
母は二人の持ち手のクセに合わせ、それぞれのカップに口がつく側をちゃんと考えていたのだ。
テキトーさが成せる技という訳ではなかった。
全て考えていたんだ。
‥‥そういうことか、すごいな。
その事に気づいた私は、心の中でそう思った。
多分、この母に私は一生かなわない。