父と暮らせば

長らくご無沙汰していました。久しぶりの「よもやま話」登場の葉っぱです。

昨年6月父を亡くした。面白い父だった。私は「葉っぱの面白いのは絶対お父さんが遺伝子だって。」とムーランによく言われていた。

父は器用で意外と運動神経もよくて我慢強く勉強家だった。故郷の新潟県を愛し、お酒の「越乃寒梅」「八海山」が好きだった。

父とふたりで過ごした5年間、喧嘩をしたり、笑ったり楽しかった。

毎朝、食後にコーヒーを出すと、きまって「あ~美味しい。これは何という飲み物だ?こんな美味しい飲み物を飲むのは生まれて初めてだ。ありがとね。」と言うのだった。毎日、飲んでいるのに・・・。

遺品整理をすると、沢山の書物。よく本を読んでいて、本が財産だった。沢山のノート。父が作った短歌が書いてあった。意外と才能あり。短歌を作っていることを知っていれば、生前に短歌集でも作ってあげたのに。

友だちとの葉書のやりとりはパソコンで写真入りで文もうまい。私はこんな言い回しはできないなと思う。

遺品整理で困ったのは、父が沢山の思い出を残したことだった。

捨てられないよ。知らなかった父のことを知り、笑ったり、時には涙を流しながら思い出をたどっていく。

でも、わかったよ。父は楽しく生きたんだって。特に晩年の父は楽しそうだ。

故郷の友だちとあちこち旅行に行き、お酒を飲んで、孫を、ひ孫を、可愛がり、好きな事をしてた。

戦争できっと辛い思いもしたのだろうが、そんな話は聞いたことがなかった。聞いておけばよかった。

父が死んで半年以上が過ぎた。父との思い出はだんだん薄らいでいく。やっと、「よもやま話」を書く気になった。

私もこれからの人生楽しまなくては。

父が空から「俺がいなくなって介護が必要なくなったから、おまえも好き勝手できるだろ。」と言っている。「あ、施設にいるばあちゃんのことはよろしく頼むなぁ。」と付け足して、今頃、天国で友だちや兄弟と酒を飲みわいわいやっているだろう。

私も好き勝手させてもらいます。見守っていてね。

もうすぐ父の誕生日。生きていれば95歳だった。