ムーラン(林)です。

義兄のことを書いたので、義母のことも書いておこうと思う。

前にも書いたが、義兄の四十九日法要その日の朝、義母が亡くなった。今となっては間違いなく、残した母親を心配した義兄がタイミングを計って連れて行ったのだ、と確信している。

さて、95歳で天寿を全うした大正生まれの義母。早くに連れ合いを亡くし、住み込みの職人も居た一家を切り盛りしてきた人である。

明るい性格で、おしゃべりで典型的な関西のおばちゃんと言えばその通り。悪気なくハッキリとものを言う。

昔、私のことを「気ぃのきかん娘やし」と親戚の前で言った事もあった。またある時は「〇〇さんがゆきちゃん(私のこと)のことをエエ嫁やと言っとたで、『ほぉかあ〜』と返しといたったゎ」とガハハと笑った。

でも、何故か私はこんなやり取りの時、全く腹も立たず、「その通り」と思ったし、むしろ「その言いまわしは、実の親が娘のことを話す時の言い方だ」と、悪い気はしなかった。

私も特別、姑として意識もせず、よって敬語も全く使わず、気も遣わず、思えば生意気な嫁だったかも。でも基本、私は義母が好きだったのである。私が特別気を遣わず接することができたのも、義母の人柄によるところが大きい。

晩年を過ごした施設を訪問した時には、夫が先に「おかあちゃん、来たよ、わかるか?」と目が少し不自由になっていた義母に話しかけると、必ず「ゆきちゃんも一緒か?」って私を確認してくれた。

あんなにあっという間に逝っちゃうと分かっていたら、もっと会いに行けばよかった。コロナで制限があったのが悔やまれる。

ちゃんとお礼も言えなかった。

ありがとう。おかあさん。 出来の悪い私を可愛がってくれて。

そちらで、おにいさんに会えましたよね?