ムーラン(林)です。

滋賀の彦根に住む、夫の兄が亡くなった。 義兄への哀悼の意を込めて書いておこうと思う。

夫とは10歳違い。

穏やかで優しい人だった。

夫が8歳、義兄は18歳の時に父親が病気で他界し、その跡を継いで仏壇の漆職人として働いてきた人である。彦根は仏壇産業が盛んで、当時、家には何人もの住み込みの職人さんもいたらしい。

もちろん、私はその頃の義兄の事は知る由もないが、義兄の人柄から察するに、「長男として、母親とまだ小学生の妹と弟を自分が支えなくては」と思ったはずである。そして高校卒業後、進学も諦め、家業を継ぐべく必死に仕事を覚え、職人として働いてきたのであろう。

末っ子である10歳年下の我が夫は、おかげでのほほんと、さほど苦労もせず、名古屋の大学まで行かせてもらった。

その間、義兄本人はバタバタと人生を送ったはずで、気づいたら結構な年齢となっていたのか、結婚を逸してしまい、生涯独身だった。

夫にとっては「父親代わり」と言っても過言ではないと思う。

そんな義兄だった。

心筋梗塞、癌、と晩年は病気との闘いだったが、母親と2人、何とか頑張ってきた。

が、結局95歳の義母を残し逝ってしまった。義母のことはさぞかし心残りだったろうと思う。当然、順番通り自分が母親をしっかり見送ってから、と思っていたに違いない。

でも私たちに迷惑をかけないよう、義母は施設に入所させてくれていたし、義兄らしく、できる限りのことをしてくれた。

緩和病棟に入ってからは、2度、介護タクシーを自分で手配し、実家に帰り、名古屋から訪れた私たち弟夫婦にあれやこれや言い残してくれた。(それでも分からない事は多く、バタついておりますが)

 

最期まで、長男としての役割を貫き通した義兄だった。

本当にお疲れ様でした。どうかゆっくり休んでください。