ムーラン(林)です。

前回、95歳の義母を残して義兄が亡くなった話を書いたが、その後、驚きの展開が待っていた。

施設に暮らす義母には、スタッフの方と相談の上、義兄が亡くなったことは知らせずにいた。入院している事までは知らせてあったが。でも義母は何となく察しているような、そんな素振りも見せていた。

そんな中、義兄の四十九日法要の前日の夜中、義母が病院へ緊急搬送され、血圧も意識レベルも低いと連絡が入った。

夜中、トラックだらけの名神高速道路を飛ばし、駆けつけた時は何とか持ち直し、話もできていたので、「コレなら何とか予定通り忌明け法要もできるかな」と思っていたら、明け方急変。

朝9時過ぎに亡くなってしまった。 あっという間だった。

でもそのおかげで、と言って良いのか、義兄の四十九日法要は、落ち着いて予定通り執り行えた。来ていただいた方々に義母の事を報告したら、誰もが言葉を失っていたが。

いったい、これはどんなタイミングだったのだろうか。

私たちは元々法要で実家のある彦根に向かう準備をしていた。礼服も用意して。結果として何度も彦根と名古屋を往復することもなく、そのまま一度で全てを終えることになってしまった。義母はこのタイミングを待っていたのだろうか。義兄もこのタイミングを狙って、母親を連れて行ったのだろうか。

この一連の出来事に、どんな意味があると私たちは理解すればいいのだろうか。

仲の良い親子だった義母と義兄の絆の強さか。

 

今頃、あちらで義母と義兄は久しぶりに会っているはずである。

そこでの2人のやりとりが、私には聞こえてくるようだ。

義母 「なんや、にいちゃん。最近ちっとも顔出さんと思とったら、アンタやっぱり先にコッチに来とったんかいな」

義兄 「そやで。ちょっと先に来て準備して待っといたったんや。準備完了したで、お母ちゃんを迎えに行ったんやがな。ワシの四十九日でみんな集まっとるし、ちょうどよかったやろ」

‥‥きっと、そうに違いない。