6期、こやまです。

コロナ生活も2年目になり、パルスオキシメーターをテレビなどで見かけることも多くなりました。私の手元には、母が残したその器具があります。

12年前に死んだ母は、長年肺気腫を患い、65才の時に24時間酸素吸入が必要になりました。家の中には酸素を供給する装置(今の物よりもっと大げさなタイプ)があり、そこから伸びた長い管を付けて生活し、外出時には携帯酸素ボンベを専用カートに入れて持ち歩く生活です。不便この上ないけれど、母はその姿で、死ぬ2年前まで月2回編み物教室やデパートに出かけていました。低酸素患者の会から沖縄に旅行に行ったり、私が転勤で東京や札幌にいる時には、遊びに来たり。母がうちに来る前日までに、酸素会社から器具一式が届きました。

そんな時、常に気にして指に当てていたのがパルスオキシメーター。(当時は今より高額だった気がします。)その動作が疎ましく、「そんなに何度やっても変わらないよ」と怒ったこともありました。あれは、隣に住む娘一家に迷惑をかけないようにとの気遣いだったのに。「大丈夫だよ」と言ってやればよかったのに。

先日、久々に電池入れたら、まだ動いた…懐かしい。「病気のデパート」と自分で言うくらい弱い母でしたが、懸命に生きたと思います。携帯電話がドンドン小型化したように、携帯酸素ボンベも、いつかきっとスマートフォンぐらいの大きさになるといいな。私の悲願です。