榊原(葉っぱ)です。

つらい、つらいのである。

2月に入ってから、ずっと調子悪かった。喉の痛みから始まり、発熱、そして、咳。

1月の終わり頃、父が転倒して歩けなくなった。外科専門のクリニックで、レントゲン、CT、MRI、骨密度の検査の付き添いに毎日通った。結局、大きな異常はなく、「お年ですから。」ですまされた。確かに93歳。お年だと思うが、痛くて歩けないのは事実である。

介護しているのは、私だ。私がコケれば、父もコケる。私が熱が出た時に、コロナかインフルかもと父の家に行けなかった。近所の人に様子を見に行ってもらった。幸い、コロナでもインフルでもなかったが、調子悪いのは変わらない。熱は下がっても、咳は続く。咳のしすぎで腰も痛い。

父は結局、大学病院に回された。その時は、妹も付き添ってくれて、三人で行った。でも、歩けない原因はわからず。父は「痛い。」「痛い。」と叫ぶ。「この痛さはおまえにはわからない。」と叫ぶ。

私の辛さを父はわかっているのか。夜、咳き込みが止まらない。腰が痛いのに、父を車椅子に移乗しなければならない。

妹が言った。「あちこちで検査して、大きな異常はなし。もし、異常があっても、その年では手術できないから、諦めて痛みとつきあっていくしかないんじゃない?」そうしたら、父が珍しく「そうだなぁ。」と言った。

それから、私に頼りぱなしだった父が、自分でできることは歩行器を使ってやるようになった。

そうこうしているうちに3月になり花粉症の季節になった。私の咳は止まらない。アレルギー性の咳なのかと思った。夜、ベッドに入ると特にひどい。咳をしても、ひとりだ。「大丈夫?」と言ってくれる人はいない。

咳は続き、もう我慢できず、受診したら肺炎と診断された。

肺炎だったのかぁ。咳をしながら、腰が痛いと言う父をあちこち病院に連れて行った。自分のことは後回しだった。辛かった。

そうか、肺炎だったのか。もっと自分を大事にすればよかった。自分を優先してもよかった。

家でひとり咳をしながら、思った。